猛《たけ》り立った智栄尼

「まァまァ智栄殿。まァ腹も立とうが、ここが一番大事のところ。何事も御かんべん御かんべん。とにかく先ず奥二階へ」 猛《たけ》り立った智栄尼を俊良は奥二階へ連れて行き、左内と共に哀訴嘆願。男子が二人揃って何度お辞儀をしたか拝んだか分らなかった。 つまりこの尼と金三郎とは深い関係であった。それを説いて今度の運動費を出させて、それで三人が備前岡山に乗込んだのであった。 結局どうやらこうやら、納まらぬなりに納まって、智栄尼は一先ず表二階の部屋へと帰ったが、夜更けてから又離れ座敷へ、忘れ物を取りになど拵《こしら》えて、金三郎が一人か否か、それを見廻りにと出掛けもした。尼の嫉妬《やきもち》はその時代として前代未聞、宿の者もまた興を覚《さま》していた。 明くる日になって、朝の食事が済んでからであった。突然智栄尼が腹痛に苦しみ出した。「こりや、毒、毒殺じゃ。毒殺じゃ」 宿の者はびっくりした。 第一に駈着けたのが医師の俊良。「なに毒殺なんどと、その様な事があるものか。正しく物中《ものあたり》で、直きに治る。さ、さ、この薬を一服」 何やら、粉薬を出して、苦しむ智栄尼の口中に割り込んだ。 しかし、その薬を服《の》んでからは一層苦しみを重ねて、唸《うな》り声は立てても言語をする事は出来なくなった。終《つい》には血嘔《ちへど》を吐いて悶《もだ》え死に死んで了《しま》った。

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