白麻の衣《きぬ》に黒絽《くろろ》の腰法衣《こしごろも》

 その光で見ると、白麻の衣《きぬ》に黒絽《くろろ》の腰法衣《こしごろも》。年の頃四十一二の比丘尼《びくに》一人。肉ゆたかに艶々《つやつや》しい顔の色。それが眼の光を険《けわ》しくしているのであった。「おう、お前様は晩方お泊りの尼さんでは御座んせぬか。あなたのお部屋は表二階。それがいかに暗闇《くらやみ》とは云いながら、間違えるのに事を欠いて、離れ座敷のここへは?」とお幸は不審を打たずにはいられなかった。「いや、庭内に稲荷の御祠《みほこら》があると女中殿から聴いて、ちょっとお参りの為に」 尼さんでも稲荷信心。これは為《せ》ぬ事とも云われぬので、お幸はそれもそうかと思わぬでもなかったが、しかし、又何となく合点の行かぬ節ありと見ぬでもなかった。 第一その金三郎の顔色が一通りではないのであった。まるで死人のそれの如く真蒼《まっさお》に変じているのからして、何か事情のあるらしく考えられた。 尼は初めて気が着いたらしく。「これはこれは。どなた様かと存じましたら、あなたは小笠原金三郎様では御座りませぬか。変った土地でお目に掛りまする」「おう、智栄尼《ちえいに》で御座ったか」「不思議な御対面で御座りまするな」「左、左様で御座る」 これは様子が変だと思ったから、お幸はお綾を促がして、ここを引下った。そうして植籠《うえこみ》の蔭で蚊に螫《さ》されるのを忍びながら、立聴きするを怠らなかった。 この間《ま》にお綾は裏口から河原へ出た。そこには野末源之丞が待兼ねていた。

— posted by id at 01:58 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.0969 sec.

http://vividnews.jp/