一方には旅医者奥野俊良

       四` 一方には旅医者奥野俊良。家老職池田|出羽《でわ》に面会して、内密に落胤の事を談じ、表面は浪人御召抱えの嘆願という手筈を定めていたが、生憎《あいにく》その池田出羽が、天城屋敷《あまぎやしき》に潮湯治《しおとうじ》の為出向いているので、今日か翌日《あす》かと日和を見ていた。` こちらには小笠原金三郎。京大阪にも珍らしい美人お綾が、昼間は殆《ほとん》ど付切りで、なにかと心づけてくれるので大喜び。` ではあるが、ここは一番大事なところだと考えた。公然新太郎少将と父子の名乗りは出来ぬかも知れぬが、内密の了解は得て、いずれは池田家へ召抱えられて、分家格で何千石かを頂き、機《おり》を見ては又何万石かを貰える様になるのは、分り切っているのであるから、その前に宿屋の娘と馴れ親んでいたなど、少しでも不行跡を認められては工合が悪い。ここが我慢の仕所だと、そういう常識も出る事は出た。` けれどもまたその後から、しかし、お綾は無類の美人だ。あれと一夜語り明かして見たい。そうした若い者の情に燃えて、抑えかねてもいるのであった。` この道は又別なものという証拠は、現に聖賢の道に深入りして四角張ってのみいられる池田新太郎少将に見られるのだ。その裏面において、侍女《こしもと》を懐妊させたという秘事さえあるのだもの。ましてや我等凡夫に於てをやなんど、そんな勝手な考えが忽ち持上って、矢張お綾が給仕に来ると、どうも冗談口を利かずには済まされぬのであった。` 秋には近いがまだ却々《なかなか》に暑かった。奥二階で駒越左内奥野俊良の二人と、朝日川の鮎《あゆ》を肴《さかな》に散々酒を過した金三郎。独り離れの隠居所にと戻った。蚊いぶしの煙が早や衰えていた。` ここへ母親お幸に突きやられて、娘のお綾が蚊帳を吊りに来た。`「おう、お綾。蚊帳を今から吊られては暑苦しゅうてどうもならぬ。まァまァそれよりも話して行ったが好い。今宵は又しても風が少しも無い。眠うなるまではここにいて、相手してくれやらぬか」`「はい」

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