あれは、死にますよ

「え?」「きょう行ってみたら、いないんです。あれは、死にますよ。」 ぎょっとした。「おかみから、いま聞いて来たんですけどね、」 と橋田氏も、まじめな顔をして、「あの子は、腎臓結核《じんぞうけっかく》だったんだそうです。もちろん、おかみにも、また、トシちゃんにも、そんな事とは気づかなかったが、妙にお小用が近いので、おかみがトシちゃんを病院に連れて行って、しらべてもらったらその始末で、しかも、もう両方の腎臓が犯されていて、手術も何もすべて手おくれで、あんまり永い事は無いらしいのですね。それで、おかみは、トシちゃんには何も知らせず、静岡の父親のもとにかえしてやったんだそうです。」「そうですか。……いい子でしたがね。」 思わず、溜息と共にその言葉が出て、僕は狼狽《ろうばい》し、自分で自分の口を覆《おお》いたいような心地がした。「いい子でした。」 と、橋田氏は、落ちついてしみじみ言い、「いまどき、あんないい気性の子は、めったにありませんですよ。私たちのためにも、一生懸命つとめてくれましたからね。私たちが二階に泊って、午前二時でも三時でも眼がさめるとすぐ、下へ行って、トシちゃん、お酒、と言えば、その一ことで、ハイッと返事して、寒いのに、ちっともたいぎがらずにすぐ起きてお酒を持って来てくれましたね、あんな子は、めったにありません。」 涙が出そうになったので、僕は、それをごまかそうとして、「でも、ミソ踏み眉山なんて、あれは、あなたの命名でしたよ。」「悪かったと思っているんです。腎臓結核は、おしっこが、ひどく近いものらしいですからね、ミソを踏んだり、階段をころげ落ちるようにして降りてお便所にはいるのも、無理がないんですよ。」「眉山の大海《たいかい》も?」

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