新刊の文芸雑誌

「おい、君、汚いじゃないか。客の前で、爪の垢《あか》をほじくり出すなんて。こっちは、これでもお客だぜ。」「あら、だって、あなたたちも、皆こうしていらっしゃるんでしょう? 皆さん、爪がきれいだわ。」「ものが違うんだよ。いったい、君は、風呂へはいるのかね。正直に言ってごらん。」「それあ、はいりますわよ。」 と、あいまいな返事をして、「私ね、さっき本屋へ行ったのよ。そうしてこれを買って来たの。あなたのお名前も出ていてよ。」 ふところから、新刊の文芸雑誌を出して、パラパラ頁を繰って、その、僕の名前の出ているところを捜している様子である。「やめろ!」 こらえ切れず、僕は怒声を発した。打ち据えてやりたいくらいの憎悪《ぞうお》を感じた。「そんなものを、読むもんじゃない。わかりやしないよ、お前には。何だってまた、そんなものを買って来るんだい。無駄だよ。」「あら、だって、あなたのお名前が。」「それじゃ、お前は、僕の名前の出ている本を、全部片っ端から買い集めることが出来るかい。出来やしないだろう。」 へんな論理であったが、僕はムカついて、たまらなかった。その雑誌は、僕のところにも恵送せられて来ていたのであるが、それには僕の小説を、それこそ、クソミソに非難している論文が載っているのを僕は知っているのだ。それを、眉山がれいの、けろりとした顔をして読む。いや、そんな理由ばかりではなく、眉山ごときに、僕の名前や、作品を、少しでもいじられるのが、いやでいやで、堪え切れなかった。いや、案外、小説がメシより好き、なんて言っている連中には、こんな眉山級が多いのかも知れない。それに気附かず、作者は、汗水流し、妻子を犠牲にしてまで、そのような読者たちに奉仕しているのではあるまいか、と思えば、泣くにも泣けないほどの残念無念の情が胸にこみ上げて来るのだ。「とにかく、その雑誌は、ひっこめてくれ。ひっこめないと、ぶん殴るぜ。」「わるかったわね。」 と、やっぱりニヤニヤ笑いながら、「読まなけれあいいんでしょう?」

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