若松屋の事を眉山軒などと呼ぶ人も出て来た

 それ以来、僕たちは、面と向えば彼女をトシちゃんと呼んでいたが、かげでは、眉山と呼ぶようになった。そうしてまた、若松屋の事を眉山軒などと呼ぶ人も出て来た。` 眉山の年齢は、はたち前後とでもいうようなところで、その風采《ふうさい》は、背が低くて色が黒く、顔はひらべったく眼が細く、一つとしていいところが無かったけれども、眉《まゆ》だけは、ほっそりした三ヶ月型で美しく、そのためにもまた、眉山という彼女のあだ名は、ぴったりしている感じであった。` けれども、その無智と図々《ずうずう》しさと騒がしさには、我慢できないものがあった。下にお客があっても、彼女は僕たちの二階のほうにばかり来ていて、そうして、何も知らんくせに自信たっぷりの顔つきで僕たちの話の中に割り込む。たとえば、こんな事もあった。`「でも、基本的人権というのは、……」` と、誰かが言いかけると、`「え?」` とすぐに出しゃばり、`「それは、どんなんです? やはり、アメリカのものなんですか? いつ、配給になるんです?」` 人絹《じんけん》と間違っているらしいのだ。あまりひどすぎて一座みな興が覚《さ》め、誰も笑わず、しかめつらになった。` 眉山ひとり、いかにも楽しげな笑顔で、`「だって、教えてくれないんですもの。」`「トシちゃん、下にお客さんが来ているらしいぜ。」`「かまいませんわ。」`「いや、君が、かまわなくたって、……」` だんだん不愉快になるばかりであった。

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